父親の取引先が山科にあって、子供の頃は毎日配達に連れていかれてました。その後も夫の職場、娘の職場と、なぜか仕事縁が続いています。
今日はそんな山科区に夫の所用でついて出て、お昼にうどんを食べました。
かつての「丸亀製麺と香川県丸亀市はなんも関係ないねん」論争にはビックリしましたが、こちらのチェーン店も香川県とは関係が無いらしく、なんか「うどん県がんばってな」という気持ちになりました。
でも、美味しかった。
まだ温かいおうどんを欲する季節なんやね。
そして帰りにお買い物に出て、またトイレットペーパーを買ってしまいました。
普段428円くらいで売ってるトイレットペーパー12ロール入りが、4月いっぱいは348円で出てるんですよ、フレッシュバザールさん。
もうね。
4月半ばくらいから売り場の前を素通りできなくて ( ;∀;)。財布がトイレットペーパー貧乏化してる…
でもこの月間セールが終わったら一年くらいはトイレットペーパー買わなくていいかもなので、来月からはきっとトイレットペーパー長者になれるはずなので、明日も購入してしまう事でしょう。
(あと1週間…)
で
子供の頃の記憶とトイレットペーパーの話が複合されて、思い出したのですが…
オキエは幼少期、模様の入ったちり紙を集めていました。
二つ折りで袋に入ってるやつで、キャラクターものや花模様など、いろんなのがあったと思います。お気に入りの箱に入れて大切に蓄えていました。
それをオイルショックの時に親に没収された事は、いまでも恨んでます。
あの時はしょうがなかったとか、大人になった現在でも思えない。なんぼコツコツ蓄えてたと言え、あれしきの量が何の役に立ったというのか。泣いて悲しむ娘の心よりも重い役割を果たしたというのか。
トイレットペーパー備蓄症候群は、このトラウマが起因かもしれません。
子供の「大切」を軽く見てはいけないですね。
でもねぇ
逆に考えれば、私も色々とやらかしてるだろうし、うちの子供達にも言いたい事はたくさんあると思います。結局は未熟者が未熟者を育てるわけですからね。
今日も小さな男の子を三人連れて疲れ切って怒りの言葉しか出てこないお母さんを見て胸が痛みましたが(お母さんが大変そうすぎて)、そう思うとそれがどんな綺麗ごとなのかもよくわかります。
世の理不尽さと、それでも貴方は大切な存在なんだという真実。この両極の中で生きて行くしかないわけですが、この両極を経験することで味わえる人生の深みと言うのもまたあるわけで、
まぁ…
みんながんばろうね。
そして
またまたそんな思い出が、詩になりました。
ちり紙の中の天使
花を手に持つ可愛い女の子
触れればいい匂いがしたちり紙
それは最も愛らしかった頃の私の天使
あの頃の
宇宙に繋がるほどの澄み切った幸甚を
今はもう思い出せない
後ろに失う怖さがはりつき
前にはいつしか計算が生まれた
けれども
あの頃の
宇宙に繋がるほどの澄み切った幸甚を
なんだか思い出せそうにも思う
気付けば失うものすら失くし
上手く回らなくなる計算を放棄し
そうして老いゆく道の途中で
最も愛らしかった頃の私が目を覚ましたら
花を手に持つ可愛い女の子
触れればいい匂いがしたちり紙
姿かたちを変えた天使が
きっとまた会いに来てくれる気がする