50女の遊び方

50代女性・関西人。己の人生にひたむきに向き合う魂の記録。

山副先生の思い出

 

 

本日仕事を始めたオキエです。

 

職場で食べたお正月のおやつの残り。

 (まだまだあるよ)

 

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今年のいただきものは塩系が集中して、甘系しか用意してなかったオキエの勘の素晴らしさを再認識しました。

 

だって食べ物の神様に愛されてるから。

 

 

実は私は、一生食べるものには困らないんです。

 

これは、小学5年生で担任だった山副先生にかけてもらった魔法(呪術)です。

 

クラス替えを迎える最後の日、先生は占いか何かの本を持ってきて、それを読み上げながら「君たちの年は一生食べるものに困らないらしいよ!すごい金運もあるそうだ。いいなぁ~、うらやましい!!」とおっしゃいました。

 

柔らかい脳と心を持っていた子供のオキエは何の疑いも無くその話を信じ込み、そしてその言葉を無意識に支えにしてここまで生きて来たように思います。

 

山副先生は素敵な先生でした。

大好きでした。

 

当時、京都一の繁華街を持つ東山区の小学校には、いろんな子供がいました。

 

子供達が取る非行を、頭ごなしに怒らずに、丁寧に話を聴き、子供たちの長所を伸ばしながら、ひとつひとつ問題を解決していかれたエピソードをいくつも覚えています。

 

その中のひとつ。

 

校舎の外壁をつたって屋上まで登る事をおぼえて、休み時間のたびにチャレンジしている男の子がいました。

 

それを知った先生は、体育館中のマットを校舎の下に運んで重ねて、授業中みんなの前でその子に壁を登らせました。

 

そして登り終わった時にみんなで拍手をしました。

 

その後教室に戻って、心底感動した笑顔で「すごいなぁ。」を連発し、彼の運動能力と勇気を褒めたたえた後、しかし、その行為は止めるべきであるという事を、穏やかにでも真剣に、とくと説かれました。

(その内容は覚えていなくて残念)

 

それ以降、彼は校舎の外壁登りを止めました。

 

今の時代では絶対できない指導だと思います。

 

けれども、だからこそ、当時の山副先生の覚悟を想像すると鳥肌が立ちます。

 

幼い頃に、保身ではなく、本質を生きる覚悟を持った大人に出会えたこと・指導を受けれたことは、オキエにとって最大の幸運だったと思います。

 

そんな山副先生が言うのだから、間違いないんです。

私達の学年は、一生食べるものには困らないんです。

 

この言葉も、今から思うと、私達が幸せになってくれるよう願ってかけられた賢者の言葉なのだと憶測できます。

 

大丈夫だから、しっかり生きろ。

怖がらないで、自分を信じて進め。

 

返すことなどできない、ありがとうすら言えない、未だ気づきすらしていない「恩」を、私はここまでいったい何人の人からどれだけ受けてきたのでしょう。

 

 

山副先生、いまもお元気でいらっしゃいますか。

 

 

先生から受けた恩を、少しでも次世代に送れる自分でありたいと願いますが、まだまだですね。

 

とりあえずは明日も、お正月のお菓子を食べながら、お仕事がんばります。