今日は弟が遊びに来て、犬を置いてでかけていきました。
わかりあえない。
その弟が昔大ファンだった奥田民生の「さすらい」を聴いていて、わかったことがあった。
私。
今、さすらっている。
さすらう
どこというあてもなく、また、定まった目的もなく歩きまわる。漂泊する。流浪 (るろう) する。
病名がつくことで安心する患者の気持ちがちょっとわかった気がする。
今、私、さすらっている、とわかってちょっとほっとした。
脳内常識班から毎日のようにやってくる質問
「いい年してなに毎日ぶらぶらしてんの。遊ぶのにもお金がかかるでしょう。そのうえ年金だってもらえるかどうかわからないこのご時世、老後の貯えのこともちゃんと考えて、働けるうちに働いておかないと。」
に
「今な、さすらってるねん。」と答えられる。
うちの脳内常識班はそこそこ理解があるので、そう言えば「そうか」と言ってくれるのだ。
オキエは18歳で就職して23歳で結婚、25歳でお母さんになった。
結婚するまではごちゃごちゃしたにぎやかな下町の狭い実家で阪神タイガースの応援に命をかけ、阪神タイガースの選手のおっかけにいそしみ、二人の弟たちと喧嘩ばっかりしていた。結婚して、一時間に一本しか来ない電車の駅から歩いて30分の田舎の新興住宅地に暮らして、当時はペーパードライバーで一人で出かけることもできずに、寂しさで気がおかしくなりそうになった。そんな時に子供ができて、その寂しさや己自身と向き合う事もなく、そこからお母さんとしての人生が始まった。
その時、私は確かに何かから逃れられたような安心感と、その何かに向き合えなかったことに対する後ろめたさ感を感じていた。そして時がひとまわりして、私はあの「寂しさで気がおかしくなりそう」な時の自分の場所に舞い戻ってきた。
でも、あの時と決定的に違うことがある。
車の運転ができるようになっていること、
複線工事のおかげで電車の本数が増えたこと、
駅から歩いて10分の家に引っ越せたこと。
そして30年歩いてきた経験値があるのと、
その道々でいい友達に出会ってこれたこと。
なにより、今は寂しさすら私の大切な一部分であるとわかっていられること。
孤独の中でさすらう。
という言葉は一見なんとも心もとないわびしげな文字列に見えるが、心躍るより大きな存在への希求である場合もある。と思う。意識は外側と内側に、同時に向けられている。
「さすらいもしないで このまま死なねえぞ」
奥田民生の言葉を真に受けて、20女オキエが歩けなかった道を、力をつけた50女が足取り軽く歩いてみたい。