高校の時、弓道部の男子の先輩で、ピアノがとっても上手な人がいた。
合宿先で彼がピアノを弾いたとき、その指の動きのあまりにもの美しさに衝撃を受けたことをはっきりおぼえている。
大きいくて細長い指が弾くピアノは視覚的にとっても美しく、セクシーなのだ。
オキエはその先輩のことが大好きで、家が近かったせいもあってとっても仲良くしていたけど、ある日突然同じ弓道部の女子に「先輩はオキエちゃんが思っているほど純粋な人じゃないから。」と言われて、何のことかも、何でそんなこと言われるのかもよく分からず、結局卒業してそれっきりでいい思い出にしかなってないけど。あのふたり、付き合ってたんかな。っていう話やんな。今でも謎だけど。
それから私の欲求は、ピアノを弾きたい。でもなく、ピアノを聴きたい。でもなく、ピアノのメロディに沿って動いている美しい指の動きが見たい。の傾向にあったと思う。
時は流れて、再びそのチャンスがやってきた。
30女オキエが当時よく遊んでいた友人たちが素人ミュージカルを作ることになって、その仲間に入れてもらうことになった。その時作曲とピアノを担当したのがまたまた男性で、とても優しい旋律に合わせた美しい指の動きをありがたく見せていただける機会を得た。幸せだった。
しかし、独学で、かくも美しくピアノを弾いてしまえる一般男子が世の中にこんなに存在することに私は驚きを隠せない。親のわがままでうちの息子にも習わせたけど、半年で逃亡された。(そりゃそうだ)
素人ミュージカルは私個人の経験的にはとても楽しくて、人生の奇跡のような、宝物のような思い出なんだけど、ミュージカルの完成度に対する貢献というか演技力という一点において、恥ずかしくて申し訳なくてあまり劇事態の内容には触れてほしくない思い出となっている。撮った録画テープも一回も見ていない。また、テープを見た人は固く口を閉ざし感想を言ってこないという現実から、それがいかほどのものか計り知れるだろう。
そして
10代、30代に視覚的ピアノを楽しんだオキエだけど、50代にしてちょっと変化が訪れている。
ピアノ、弾けるようになってみたい。
ほのかに、そんな気持ちが芽生えてるのだ。
ひょっとしたらこれは遅すぎる自我の芽生えというか、自分なんて何もできないんだから、上手で素敵な人、様々な経験をするのに値する立派な人がするのを見て楽しんでおこう、そのほうが幸せなんだ、と、変にごまかしていた自分からの脱皮なのかもしれない。
楽譜も読めないのに。
指も動かないのに。
ピアノも持ってないのに。
仕事もしていないのに。
何が何でも、という意欲があるわけでもないけど。
でも、弾いてみたい。
私はこの憧れと、いったいどのように向き合ったらいいんだろう。